【横堀宿】−横堀宿は三国街道の宿場町で慶長18年(1613)に概ね整備が完了しています。宿場の規模は東側が430m、西側が418m、傾斜地に設けれ上手から上宿、中宿、下宿に別れ街道の中央には水路が設けられていました。本陣兼問屋は代々飯塚家(升屋が補佐)、脇本陣は扇屋が担い、旅籠は30軒前後で、元締、三国屋、富屋、中屋、新升屋、富士屋、玉屋、松屋、後藤升屋、亀屋、金木屋、越後屋などが軒を連ねました。元々敷地割が広かった事から多少間延びした印象を受けますが、本陣跡の石垣と白壁の塀、本棟造の母屋が往時の名残を見せています。鎮守である大山祇神社の創建等は不詳ですが古くは十二神社と称し明治維新後に村社に列し、明治40年(1907)に社号を大山祇神社に改めています。境内にある大藤は数度の大火を免れた古木で推定樹齢250年以上、樹高23.3m、根回り役4.4m、幹周3.4m、昭和27年(1952)に群馬県指定天然記念物に指定されています。
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